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7 [財産もないのか]

相手が、いろいろな催告に応じなければ、徴税の仕事は一気に面倒になってしまうことになります。差し押さえられる財産を探さなければならないからです。催告に応じないならば、相手には納税の意思が今はないということになりますが、では財産もないのかということです。

<調査は掛け算>

法による滞納整理では差押えが原則で強力な武器ですが、個々の差押えの範囲や深度を広げるためには十分な調査が必要になります。ただ、調査は掛け算なので、その数は限られることになります。つまり、どの範囲まで調査すべきかと調査できるかというのは、徴税吏員それぞれが受け持つ滞納者の数でおのずと制限されてしまうわけです。
多くの滞納者の財産を調べなければならない徴税吏員にとっては、単純な預貯金や給与調査、生命保険の解約返戻金の有無を調べるくらいが限界となっています。なにしろ、それを滞納者の数だけやらなければならないので、踏み込んだ調査や捜索などは特別な対応とせざるを得ず、全員に定期的にというわけにはいかないからです。

<効率的に調べるにはどうするか>

調査の範囲や深度が限られるならば、効率的に調べるにはどうするか。とりあえず徴税吏員が知りたい滞納者の財産というのは、所得の状況や金の流れ、抵当権の残額や他のローンの状況、また債権や金目の動産の存在、貸金庫の有無などですから、これらがわかるような質問表を作って、本人に回答を依頼するのが手っ取り早い方法です。催告書に同封するなどして送り付けて、納税相談ではその回答と、根拠になる資料を見ながら話を聞くことで、具体的な解決策を探ってみるわけです。また滞納者は、答えなくても催告書に示された期限を過ぎれば、質問表の項目は市町村によって調べられることを知ることにもなるので、財産調査への予告行為にもなります。

<できることとできないこと>

しかし調査すべきことでも、徴税吏員だからといって何でもできるわけではありません。オートロックのマンションに宅配便の業者を偽ったり、住人の後について入るようなことはもちろんできませんし、たとえ開けられた玄関でも同意なく中に立ち入ることもできません。郵便ポストを開けて、届いた手紙などを確認するようなこともできませんし、シャッターが開いていても、ガレージに入って車を調べることもできません。必要ならば捜索をすることになります。

<質問・検査権はできる規定>

そもそも質問・検査権は、相手の好意にすがってできるものなのです。滞納者を追い詰める情報収集には壁があって、滞納整理でさえも質問・検査は「できる」規定です。正当な理由なく回答を拒否すれば、別に罰則を設けてあるので強制力はあるものの、権限としての強制、つまり正直に洗いざらい答えなさいと命じることはできないのです。

<質問・検査の拒否はできない>

一方で、相手が答えたくないから回答を拒否すると言っても、犯罪捜査ではないので黙秘権(憲法38)には理由がないことになります。また、関係する第三者が個人情報の保護に関する法律を理由として、質問・検査を拒否することもありますが、法令に基づく場合は本人の承諾なく提供することが義務付けられています(個人情報保護法16-3-4)。つまり、金融機関などの守秘義務は法律上ではなくて顧客に対する信義則なのですから、法令に基づく正当な理由がある場合は、その守秘義務は解除されることになります。

<困ったときには都道府県を頼る>

滞納整理を進展させるためには勘も必要ですが、勘働きというのは経験がものをいいます。あの身なりからしてそんなはずがないとか、滞納額も大きいので財産を持ってないはずがないとか、何か引っかかるようならば不良案件なのですから、都道府県に相談して調査対象や方法などを教えてもらうことです。ノウハウはもとより、調査力や勘働きは比較にならないほど優れているので、市町村の徴税力を高めるチャンスでもあります。
国税のOBが雇えなくても都道府県を頼れば、タダで実践を通した徴税力や組織力を磨くことができることになります。今いる徴税吏員の人は知らないと思いますが、私がいた頃より前には都税事務所に滞納整理の質問をしても、教えてもらうことなど全く期待できない状況でした。それが、東京都の労使関係が改善され、滞納整理事務にも抜本的な改革があって個人都民税対策室が発足してからは、都税事務所はもとより本庁にも気軽に連絡を取ることができるようになり、助言を戴いたり指導を受けることもできるようになったのです。この活動は徴収サミットにより全国に知れ渡り、今ではどの市町村でも同様の環境にあります。都道府県がこちらを見ている今こそチャンスなのです。使えるものはなんでも使いましょう。
尋ねてみて感じたことは、都道府県の滞納処分は市町村のそれよりも幅広く対応しているということです。財産一つとっても市町村ではあまり扱わない株式や社債、仮想通貨や特許権なども調査対象としています。市町村がそこまで手を広げないのは、保有している滞納者が少なかったり現金化するタイミングが難しかったりするからなのでしょうが、その知識があればアンテナに引っ掛かりやすくもなりますから、都道府県の徴税吏員と行動を共にさせていただくことは、生きた研修として貴重なのです。

8 [滞納整理を阻む借金も片づける]

財産がないだけではなくて生活は赤字で火の車なのに、「役所・役場には世話になっていないが、消費者金融は困ったときに助けてくれる」という義理から、借金の返済を優先する人もいます。

<ない金を作るというと借金も>

中には差押えもしなくて良いように、消費者金融から金を借りてでも税金を払えというような市町村がありますが、借金というのは利子から返さなければなりませんし、その場しのぎにすぎないのです。また、市町村税は大概毎年発生するので、借金させると翌年度には市町村が多重債務者を産み出してしまうようなことにもなりかねません。
ではどうするのか。それは、借金させるくらいならばその前にまず、親を頼れないのかということです。暦年贈与のほかに、住宅資金や教育資金などの援助にも税制の優遇制度があります。国税を節税してでも市町村税を納税させるほうが、滞納者寄りの解決方法となります。

<借金はなぜダメなのか>

借金はなぜダメなのかというと、たとえば10万円を法定金利の18%で借りても、3年後には164,303円にもなってしまいますし、10年後には523,383円と5倍以上になってしまいます。これが出資法上限の29.2%で借りると、3年後には215,668円と倍になり、10年後には1,296,060円と13倍にもなってしまいます。預金金利は低いのですが、貸付金利は高いということです。
一般的な返済方法である、返済額が一定の元利均等返済では利息が優先されるので、なかなか元金が減っていきません。ですから基本はさらなる借金をさせない、増やさないということなのです。無理をしてでも、借金はなるべく早く返すことが肝要です。滞納者には、計画性のない借金は返さなければ明るい未来はないということを自覚させることなのです。

<リボ払いは早く片付ける>

中には、「借金はあるけどリボ払いにしてあるから大丈夫」なんてお気楽な人もいますが、たとえば500,000円を法定金利の18%で借りて、月々7,500円のリボ払いでラクラク返済しているといった場合、でははたしていつまで払い続ければよいのかというと、手数料を別にしても500,000円の年利18%を月額にすると500,000円×18%÷12か月で7,500円となりますから、つまり一生払い続けても借金はなくならないことになります。リボ払いを選択するような人は、当然のようにさらに借金をしていて、雪だるま状態になっていたりもしているのが現状なのです。

<多重債務者を救う>

ローンが1,000万円の場合、利子は2%から3%ですが、ローンが100万円以下の場合、利子は18%から20%も取られます。つまり額の小さなローンの利子は高くて、額の大きなローンの利子は低いのです。ですから複数のローンをまとめれば、額は大きくなりますが利子は下がるのです。返済日も月1回となりますから、多重債務者でなくなります。もちろん簡単にはいかないでしょうが、金融機関に相談してもらう価値はあります。

<借金の取立てには筋道がある>

借金の取立てには筋道があります。たとえば支払い督促は、債権者からの申立てを受けて、裁判所の書記官が債務者に対して債権の支払いを求める制度です。これには2週間以内に異議を申し立てないと、仮執行宣言が付されて強制執行を受けるようなことになってしまいます。一方で異議を申し立てれば訴訟に移行しますから、法定金利を上回るような貸付業者は引き下がるほかないのです。
支払督促制度というのは、申立ての要件を満たしていれば債務者の言い分を聞くことなくされるので、放置すると見知らぬ借金でも債権・債務が成立してしまうことになります。徴税吏員が借金を抱えてしまった滞納者から相談を受けても、身に覚えがなければ放っておいても大丈夫だろうとか、民間の動きを知らずに聞きかじった知識でアドバイスをしてしまうと、いつの間にか税金に先立つ債権が増えてしまうようなことにもなりかねません。お金の知識に興味を持つことは、滞納を整理するうえでも大事なのです。

<過度な借金は法で片づける>

「相手が闇金のようなところだからどうしようもない」と滞納者があきらめているような場合でも、弁護士が絡めば大半が解決できるはずですから、不良案件としないことです。弁護士に任意整理を依頼すると、話し合いがまとまるまでの間は借金の返済が停止されるので、つまり弁護士から連絡停止要求がされるので、その間に借金返済に充てていた分も使って滞納税をなるべく多く片付けさせることです。
そして、任意整理の話がまとまったら新しい返済計画の中で税と並行して、というのも税は任意整理対象に含まれないので別協議となりますから、借金の残額について分納を再開させるというのが実効性のある滞納整理の道筋ということになるわけです。弁護士費用は分割払いができるところもあるので、調べて活用しましょう。

<破産は最後の手段>

今後返済のメドがまったく立たないような場合には自己破産という選択肢もありますが、ほとんどの財産は処分されて、保証人にも迷惑がかかってしまうことになります。また、税金も免除されません。それでもしかたがないということならば、整理の方法については法テラスに申し込むか、経験豊かな専門家に相談してもらうことになります。

午後のこの時間帯は研修にとって魔の時間帯で、皆さんの中には気絶寸前の人もいることでしょうから、10分間、休憩とします

9 [文句が言いたい滞納者たち]

後半の最初は苦情処理の話です。皆さんにとっては日常茶飯事なのかもしれませんが、こちらとしてはそのつもりがなくても威圧感を覚えて絡んでくる滞納者もいます。

<苦情の窓口にはならない>

たとえば、督促状を送ったり滞納処分をしたりすると、中には怒りだす人がいます。法定行為には文句が言えないとわかると、今度は国政や行政に対する苦情も言い出したりしますが、そもそも徴税吏員は、滞納処分に対するもの以外の苦情やクレームは受ける必要がないわけです。市町村の苦情の窓口ではありませんし、何より税金は政策の優劣によって払う、払わないを決められるものでもないからです。
また、税金を払っている・払っていないで法定のサービスを区別していませんし、税額の多寡で差別もしていないので、納税方法の話にならないならば帰っていただくしかありません。以前は分納をお願いするような滞納整理方法が主流でしたから強くは出られませんでしたが、今は差押えが主流になっているので帰っていただくのが常道です。
そうすると、「俺の税金で食わせてやっているのに、帰れとはなんだ」などと言う人もいます。ただ、その税金を払っていないので滞納者なのですから、納税の意思があるならば話を聞きますが、ないなら差押えの準備のジャマということになります。

<あえて苦情は避ける>

徴税吏員からしてみれば、できれば滞納処分に対する苦情も避けたいものです。強い公権力がありますが、滞納者からの苦情を避けるのは面倒で時間のかかる、余分な仕事をしないためです。気持ちがささくれる不毛な時間を避けたいからです。
差押えに集中できる仕組みを作ることも、効率的な滞納整理につながります。住民の生命と財産を守る役目の市町村は文句を言いやすい組織ではありますが、すべての住民を受け入れるわけですから、苦情を避ける努力も必要なのです。
また、法を盾に相手を心なく追い詰めてしまうと遺恨を招いたり、トラブルの種を残すことにもなって、事件が起きるきっかけにもなってしまいます。

<苦情はその事実を確かめる>

滞納処分に絡む苦情を受けたらまず、その内容が事実なのかどうか、つまり誤解や勘違いではないのかということを確かめる必要があります。相手の話に先走って口を挿むようなことは厳禁で、目を合わせてじっくりと相手の言い分を聞いてみることが大事です。興奮していたりどんなに怒って来ていてもクレーマーでもない限り、ここが重要ですが普通ならいつまでも怒り続けられません。しかし、こじらせれば大炎上してしまいます。つまり、相手も上げた手を下せなくなったりもするので、話を聞いたら今度はこちらが踏ん張る番です。
そのためには、聞いた話から相手の言い分を自分なりにまとめて確認をして、法と照らし合わせてみることです。滞納処分は公権力の行使なのですから、その苦情の対応は世間一般の常識ではなくて、ここは法目線で判断する必要があります。

<決まり文句には決まり文句>

徴税吏員でも市町村の職員だからと、窓口では努めて親切・丁寧な対応を心掛けると、一方で滞納者との接遇が受け身になって、相手の立場に引き込まれやすくもなってしまいます。ベテラン滞納者に決まり文句を言われて劣勢に立つことがないように、対応例をあらかじめ考えておくと余裕ができて、客観的に話が聞けるようになります。
たとえば「会社に調査なんかして、クビになったらタダじゃおかないぞ」とか「生命保険なんか差し押さえて死んだら責任取れるのか」とか、「弱い者いじめしないで、もっと悪い人がいるでしょ」などは皆さんも何回も聞いたことのある苦情かと思いますが、「会社に調査してクビになったらタダじゃおかないぞ」に対しては、給料が差し押さえられたことを理由にクビになったというような話は聞きません(労契法$16・不当解雇になります)が、ほかに心当たりがあるようならば、こじらせる前に解決しませんかというのはどうでしょう。
また、「生命保険なんか差し押さえて死んだら責任取れるのか」に対しては、相続財産に滞納している税金があっては、ご遺族の方は本当に困るのではありませんかのように、仮定の話には仮定で相手を殺してしまっても構いませんから、家族への迷惑という視点で考えてもらいましょう。
それから「弱い者いじめばかりしないで、もっと悪い人がいるでしょ」に対しては、税金は公平に徴収しなければならないので、ご自宅なども捜索したりしてまだあちこち調べるようなのですが、折角会えたのですからお話を聞かせてくださいのように、納めない滞納者の文句は受け流して納税方法の話に戻しましょう。

<言った言わないは関係ない>

また、前任者と話が違うとか、この前の約束と違うといった苦情もありますが、前任者が「とにかく少しずつでも分納してくれれば助かる」とか、「完納すれば延滞金は負けてあげてもいい」などと、ことなかれ主義で対応してきたならば、気がついた皆さんが本筋に戻しておかなければなりません。大事なことは、その対応の根拠を納税者にもしっかり説明できることです。

<延滞金で身を滅ぼさない>

ここで延滞金の話をしておきます。地方自治法($96)は権利の放棄について、他に法の定めがなければ議決しなければならないと規定しています。一方で地方税法($15)では、停止や猶予の要件に該当する場合に、議決を経ずに延滞金等を減免できるようになっています。徴税吏員は、延滞金徴収権の放棄という財政上の責任は取れない、つまり弁償はできないので、当然に権限者の決定行為は必要になります。
本来は議決すべきものなのですから、本税が納付されたら「滞納個表は捨ててしまえばわからない」とか、「延滞金のデータは消去で完了」とはなりません。処理せずに不明としてしまった延滞金について、気づいたその時の担当者が責任を負わされるようなことは避けなければならないのです。
そうは言われても、「守秘義務やコンプライアンスがあるから、仮に監査が入ったとしてもそこまでは調べられないよ」と思っていませんか。「俺は負けてもらった」とか、「そんなもの払ったことない」といった自慢話は、当然に理事者や議員の耳にも届いてきます。滞納者はうんざりするほどいるわけですから、そんなリスクを背負い続けていては、特に管理職は身が持ちません。
着服は論外ですが、延滞金を見逃してしまうと徴収簿に記載されませんし、減免の記録もない上に、当然ですが延滞金の催告もないことになります。「あの金どうした。まとめると相当な額になるが、誰が使ったのか」といった事態は避けなければなりません。
着服は論外ですが、延滞金はすでに納税通知済みの本税に付帯する公金ですから、その扱いが不明朗であってよいはずがありません。ご自分の退職金はご自分で守ることです。ちなみに、延滞金は本税に付帯するものですから、延滞金に延滞金は付きません。

<年末年始になぜ休むのか>

民間はやっているのに、役所・役場はなぜ年末・年始に休むのかといった苦情は毎年聞こえてきましたが、新型コロナの営業自粛でやっと一段落しました。実は、年末・年始の休暇については法律があります。行政機関の休日に関する法律(昭和63年法律91号)というのがあって、第1条に「次の各号に掲げる日は行政機関の休日とし、行政機関の執務は原則として行わないものとする」とあり、「1 日曜日及び土曜日」、「2 国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)に規定する休日」、「3 12月29日から翌年の1月3日までの日で前号に掲げる日を除く」とあるので、公務員は仕方なく休んでいるわけです。

<要求には全体の奉仕者で対応>

中には、「50円ずつ払ってやるから毎日、取りに来い」などと、わがままのような嫌がらせを言う人がいます。税金は自主納付が原則なのですから、徴税吏員だからといって金に目がくらんで、稼げるならどんな要求にも対応するというわけにはいきません。「住民にその対応が説明できるのか」「納税者全員に対応が可能なのか」ということが、全体の奉仕者としての判断基準になります。

<人権攻撃には警察を呼ぶ>

職員が思うとおりにならないと、感情で攻めてくる人がいます。態度が悪い!と言ってくるわけです。
ただ、態度が悪いと相手が感じてしまった以上、そのイメージを前面に出して文句を言ってくる人に、公務員が得意な理屈は通りませんから、そこは素直に謝るしかないかもしれません。あの訴訟大国のアメリカでもアイムソーリールールというのがあって、「こちらに非はないけれども気分を害したならごめんね」といった軽いものなのですが、半数以上の州で条例化がされているという話を聞いたことがあります。
ただ、土下座して謝れ!といった人権攻撃には毅然と対応することです。そして、手を出してきたらすぐに警察に連絡すること。不法行為には住民であっても気遣いも妥協も遠慮も必要ありません。生命、財産などに危害を加えると告げて恐怖を与えれば脅迫になりますし、人を脅迫、暴行して義務のないことをさせれば強要になります。脅迫は2年以下の懲役、強要は3年以下の懲役です。また、暴行は2年以下の懲役、傷害は15年以下の懲役です。暴行して相手にけがをさせれば傷害になりますから、その状態などで年数に大きな差があるようです。また、捜索に際して徴税吏員に暴行や脅迫をした者は、こちらは刑法第95条に定める公務執行妨害で3年以下の懲役になります。

<苦情対応訓練を体験しておく>

公務員や銀行員は大きな音や声に弱いとよく言われますが、上から落ちる、落下する恐怖や大きな音への恐怖は人間の本能ですから、ベテランが物知り顔で決めつける「慣れだよ慣れ」とはなりません。怒鳴り込んできたときに備えて、訓練しておくのが良いでしょう。
カウンターでバンと叩くような大きな音がしたら一斉に仕事の手を止めて、相手と話をする人だったり、横で記録を取る人だったり、ほかにもカウンターの上のものを投げつける滞納者もいますから、それらをさりげなく片付ける人だったり、ほかの来庁者を傷つけてもいけませんから、それをガードする人だったり、まずは滞納者を取り囲んでしまう、数で上回ることが大事です。
また、退去命令を出すかもしれませんから、総務の人とも事前に調整しておく必要がありますし、警察への連絡体制も必要かもしれません。警察OBなどの配置というのが心強いのですが、多くの市町村ではいつ来るかわからないクレーマーのために、用心棒を採用しておく余裕もないことでしょうから、他の機会に合わせて配置を試みるというのが現実的です。
気を付けなければならないのは精神的に追い込まれた人で、わけもわからずそのまま突っ込んでくるので、腕に覚えがあってもまずは非難することを意識しましょう。相手は刃物を持っているかもしれませんから、逃げるというのが最優先です。
平成25年には宝塚市で、平成27年には東京都の稲城市で放火事件も起きています。これらの事件は大きな被害を出したので全国版のニュースになりましたが、他にも地方版では小さな記事はたくさん見られましたし、記事にならない事件もあります。宝塚市では火炎瓶を投げつけられて火災になりました。その後のニュースなどで、フロアーの修繕費や書類の復元などに1億7千万円もかかったと書かれていましたから、身体だけではなくて、余計な支出へのリスクマネージメントとしても、年に1回で良いので苦情対応訓練を体験しておきましょう。

<首長を絡めると面倒なことに>

滞納整理担当を命じられたことに不満を持っていて、一方で自分では予算を使うばかりの首長に対して、金を使いたければ集める苦労を体験してからにしろよなどと思っている人が、「首長を呼んで来い」「首長に会わせろ」という滞納者の要求に、「どうぞご勝手に」などと威勢よく啖呵を切ってしまうと、事は面倒になりがちです。
そもそも首長が苦情対応をするようなことはまず考えられないので、良くて秘書課長・係長が滞納者の相手をすることになりますが、互いに滞納整理の知識がない中で対峙して、住民の権利を笠に着た滞納者を「ソレハモウ、ゴモットモナコトデ、ゴザイマス」となだめてから徴税吏員に戻されたりすれば、税法とは別次元の結論が出ていたりもすることを、啖呵を切ったその時に覚悟しておく必要があります。

<「上司を出せ!」にも応じない>

上司を出せ、俺は首長の知り合いだとなっても、「法に沿った処理なので誰が対応しても同じです」「私があなたの担当なのですから、ほかの人ではわかりません」と譲らないことです。間髪入れずに断りましょう。そもそも、税金の滞納に対する相談時に首長の知り合いとか言い出す人にロクな奴はいませんから、特別扱いをすると相手の思う壺にはまってしまいます。

<ご指摘やご意見と苦情>

ただ、中には受け止めなければいけない苦情もあります。徴税吏員も人間なので間違いもあるからです。間違いは間違いなので、叱られて成長するつもりで清く受け入れましょう。
これを間違いと気づいてもウヤムヤにしてしまうと傷口が広がって、修復するのが困難になったり、手間も多くかかるうえに、公務員としての成長のチャンスも逃しまうことにもなってしまいます。また、問題を抱えた意見やクレームも権力は対応できないので、その根幹を見誤ると問題が深刻化して抑えもきかなくなってしまいます。例えば課税の誤りや不公平・不誠実な対応にへそを曲げた滞納などは、滞納処分しても解決しないので、余計にこじれてしまって職員に対する民事の訴訟に発展したりもしてしまいます。

<「訴えてやる」は簡単ではない>

ただ、「プライドを傷つけられた」と訴えたくても、訴えを起こす相手には挙証責任があります。つまり根拠の明示です。これがけっこう大変な作業で、その結果、請求額を含めて裁判所が受け取ってくれるような書類作りについては、とうしてもプロを頼らざるを得ません。
それに、訴訟費用は簡単なものでも弁護士と裁判費用で30万円くらいはかかります。私が知っている弁護士事務所では相談料が時間当たり1万円、着手金が請求額の5%+9万円、成功報酬が判決額の10%なので、つまり300万円の請求では、1万円+300万円×5%+9万円で計25万円、それに裁判費用が加わって約30万円ということになるわけです。事務所によって差があるものの、判決の見込額が弁護士費用を下回るような訴訟では、相手も実益がないということになります。
それに、民事の裁判は期間も最低半年から1年はかかりますし、やる気があれば3回できますが、相手にそんな意地と根性があるかどうかということです。心配ならば訴訟保険というのもあって、私も管理職になってから入っていました。管理職は、部下の巻き添えになる形で訴えられることもあると言うので入りましたが、その保険は1件当たりの賠償上限額が1億円で、年間何回でもOKという保険でした。当時の保険料は年額9千円ちょっとでしたから、ほとんど訴えられることはないんだなと思っていました。

10 [そもそもに立ち返って不納欠損を考える]

外からの苦情より厄介な、内部の苦情の種と思えるのが不納欠損の扱いです。

<不納欠損を避ける背景>

滞納者は役所・役場の外にいますから、差押え処分は勇気さえ出せばできますが、不納欠損は役所の中にいる上司や理事者、議会も敵に回さなければなりませんし、決裁書類にハンコを押せば住民の財産を捨てた責任を取らされると関係者は考えるようで、しょうがないはずの時効欠損でさえ嫌がるわけです。不納欠損を避ける背景には自分の評価を下げたくない関係者の自衛本能、つまり長年培われてきた暗黙の否定があります。しかし、不納欠損も滞納整理の一環です。そして、滞納整理は法定行為なのです。
そもそも不納欠損調書は、徴税吏員に任命されていない関係者が見てはならない個人情報であるはずです。それなのに、決裁を供覧してみんなで決めたことにして責任を分散したい思惑が、市町村にはあるようです。
そもそも暗黙の否定というのは、世間一般の常識的な判断によるものです。財産がなくて即時に不納欠損する案件や執行停止から3年経過による不納欠損には消極的な人も多いわけですが、なぜマイナスのイメージを持つのかといえば、税の公平は保たなければならないわけですし、逃げ得なんて許してはならないので特例は避けたいからです。
一方で、時間が経ってしまってやむなく時効になってしまったものは、これは法の定めでもあるので不納欠損もやむを得ないという認識の人も多いはずです。しかし中には、理事者まで決済を回している途中で、「いやぁ、あの家には金があるはずだ。時効と言わずもう1年がんばってみろ」などとハッパをかけられてしまって、取るに取れない、落とすに落とせない案件を抱えてしまったりしている市町村もあるようなのです。

<停止・欠損は皆で決めるもの?>

不納欠損処理は、自治体の運営に条件なく自由に使える住民の財産を捨ててしまう事務作業なので、責任逃れの、みんなで決めたことにしたい気持ちもわかりますが、そもそも執行停止や不納欠損の判断を、事案決定規定に定められたルートで供覧する決裁行為で求めたりすれば、徴税吏員以外の職員や供覧者がその情報を見てしまったり、個人的な見解などで判断がブレたりして、法とは異なる決定がなされてしまう恐れもあり得ます。交通規則を知らない者に運転させるようなものなのです。
さらに、徴税吏員の守秘義務≠負わない職員や供覧者が混ざるのならば、滞納者個人が特定されないような配慮も当然に施しておかなければならないわけですが、その事務手間は膨大となってしまいます。一方で、徴税吏員に任命されている職員だけで判断・決裁ができる仕組みにしておけば、簡単に避けられる課題でもあります。

<時効欠損の責任>

欠損処理には消極的で、仕方のないものだけ不納欠損しているはずの時効欠損に対しては、実は全国で住民監査請求や不作為の訴えが起きています。5年時効欠損は滞納整理できなかった証でもあるので、その責任を取って弁償することになったら大変なことになります。もちろん、不納欠損の責任は首長が負うことになりますが、損害賠償代位請求事件の判決(平成12.4.24浦和地判平成10(行ウ)16)を経て、時効とさせた徴税吏員にも賠償責任を負わせるべきではないかというような議論が起きている市町村もあるのです。
滞納整理の時効制度は、強い徴税権限があるのにもかかわらず実行しないのなら保護しないというものなので、債権のような援用や放棄の主張も要しないのです。

<滞納繰越額の内訳を知る>

滞繰の内訳を見てみると、上の図のように不納欠損したものと徴税したものの残りは翌年度に繰り越されるわけですが、年度末になると現年の未収額が加算されるので、この4種類に分かれます。ここからわかることは、赤い不納欠損額と青の徴税額、この二つを合算したものと、一番右の緑の現年の未収額を比較して、緑の現年の未収額のほうが少なければ滞納は減っていくことになります。また、赤の不納欠損額と青の徴税額、これ以外に滞納は減らないということもわかります。つまり、青の徴税額が変わらなくても、赤の不納欠損額が減ってしまえば滞納は増えていくことになります。

<理由のある執行停止への障壁>

理屈はわかっていても、猶予はもとより執行停止に当たって「滞納者が財産を持たない状況を調べ切った自信なんてないなぁ」。これが理由のある執行停止への障壁になっているので、多くの案件で停止の措置が採られずに5年が経過して、時効による不納欠損が主流になっている現実に徴税吏員の多くは悩んでいるわけです。その要因の一つが、法とすれ違う財産の知識不足によるものです。
日本では昔からお金の話をすると、「いけ好かない」とか「やらしい話」と、好まれない風習がありましたが、2022年からは高校で金融リテラシーの授業が始まったり、新NISAを大きなきっかけにしてお金の知識は常識になってきます。もうすぐにそういう知識を持った職員も入ってくるので、公務員も後れを取らないようにしなければいけません。一方で、それなら待っていれば、そのうちそいつらが入ってくるから任せればよいなんて思った人は、若い人に言い返せなくて悔しい思いをすることになります。知識は力なのです。

<5年時効には不働きの評価>

3年消滅や即時の不納欠損処理は徴税吏員が仕事をした結果、つまり、法に従って財産の調査をしたり、回復を待つなどしたものの差押えができなかったものですが、他方、5年時効欠損処理となったものは、徴税吏員としてはそんなつもりがなくても手をこまねいていた結果と判断されてしまいます。
さて、過去9年の欠損率の変化を見てみると、10%を超えている年度もありますが、不納欠損額を滞繰調定額で割った欠損率は、全国平均で9.7%になっています。

欠損率の変化は、グラフにしてみると一番上のような折れ線グラフになって、頭打ちではありますが右肩上がりの様相を呈しています。しかし、分母・分子それぞれの滞繰調定額と不納欠損額の変化を見てみると、意外にも滞繰調定額は真ん中のグラフのように右肩下がりになっていて、不納欠損額については下のグラフのように平成24年度までは上げていましたが、そこからはこちらも下げていることがわかります。つまり、不納欠損率の推移は、滞繰調定額の下げ幅が大きかったので上がっているように見えていただけだったのです。
さて、このようなお話をすると何かもやもや感がありませんか。時効欠損主体で処理しているのに、欠損額が減っていくのはなぜだろうというもやもや感です。

<最強の公権力の封印を解く>

初めて徴税を担当した徴税吏員の方は預貯金や給与を勝手に調べられたり、生命保険を解約できたりして戸惑ってしまうかもしれませんが、差押えは「ねばならない」と法に書いてあります。また3年消滅も、納付・納入義務が消滅すると法に書いてあります。さらに5年時効も徴収権が消滅すると法に書いてあるので、機械的に処理しているにすぎないのです。
一方で、即時欠損は「徴収できないことが明らかなとき」、この判断で停止ができて、さらに3年以内に回復の見込みがないと徴税吏員が判断をして、首長が決断する仕組みになっています。しかし、判断には責任が伴うので判断したがらない。結果、徴収率が上がらないということになってしまっています。たとえ理由のある不納欠損が市町村としてはパンドラの箱だとしても、管理職が法を守る意識を持っていれば必ず活用できますから、ぜひご英断をお願いしたいところです。

<管理職が時効を防ぐ>

緩和措置の視点から滞納を見ると、猶予や停止の理由があればもちろん、猶予や停止ができるわけですが、一方で猶予や停止の理由がなければすべて徴収しなければならないわけです。ただ、別の視点で見ると、取れるのか取れないのかという視点もあります。実は、猶予や停止の理由がないのに取れないものの中には、訳ありだったり塩漬けだったりするグレーゾーンが存在するのです。
隙間にあるグレーゾーンは、管理職が積極的に判断しなければ片付きません。たとえば首長絡みなど訳あって押さえられないもの、決裁が下りないとか動かないものは即時欠損の案件です。どうせ取れないのですから置いておいてもしょうがないので、取れないなら何か理由を付けて落とすしかありません。
ただ、どうしてもその理由が見つからないならば、それはもう取るしかないのです。市町村税は市町村の屋台骨です。屋台骨に聖域など作れません。たとえ5年時効になっても理由が必要なのです。起案用紙1枚で不納欠損の決裁が下りるわけがありませんから、滞納者ごと、税目ごとの理由書を添付しなければなりませんが、不納欠損調書の理由欄に「ガンバったけれど取れなかった」などという言い訳を、書き取りの宿題のように何十枚も、何百枚も書き連ねることは空しいでしょうし、それを理事者に読ませたいとも思わないでしょう。ぜひ、時効欠損は避けたいものです。

<不納欠損は3パターン>

不納欠損は言うまでもなく5年の時効による欠損のほかにも、停止から3年経過した欠損もありますし、即時の欠損もあります。もちろん、滞納を許すわけにはいかないので、時効までは頑張るのが徴税吏員の基本姿勢でご立派なことではありますが、納税者の視点では5年間も何やっているのという疑問もあるわけです。今は差し押さえる財産が見つかっていなくても、もしかしたらいつか見つかるかもしれないからという理由で待っている市町村が多いようですが、住民から見れば典型的なお役所仕事と思われてしまうわけです。
先ほどの勤務時間から算定すれば5年というのは1,200日、定時の勤務時間でも9,600時間もあります。しかし、中には時効が近づくと納税誓約させる市町村もあって、納められない滞納者を苦しめていることにもなっています。なにしろ納税誓約は、本法が準用する規定(民法$152)を積極的に解釈して、時効を止めてしまうテクニックなのです。もちろん、理由があるなら時効の中断は積極的に行うべきですが、見極める必要があります。

<時効を止めると滞納が嵩む>

時効を止めて税の滞納整理に5年以上が必要ならば、10年かかっても終わらないということです。分納が捗らないからといって差押えもせず、執行停止の判断もしないで繰り返し時効の中断を図って、徴税権の期限を先延ばしするようなことをしていけば、その分の滞納額が積み上がることにもなるので、処理しきれない滞納額が増大していってしまうという構図になります。不良債権の存在は市町村財政に多くの負担を強いてしまうのです。

<担税力のない住民は救う>

そもそも時効欠損させないために、納税誓約させるのが滞納整理の本筋なのかということです。担税力のない住民を、役所・役場は救わないのかという疑問があります。破産するとブラックリスト、いわゆる金融信用情報に事故記録が載ってしまってクレジットカードが持てなかったり、ローンが組めない、特定の職業にも就けない、旅行にも自由に行けないなど、制限が課されたりしてしばらくは不便になりますが、免責の決定を得ればほとんどの債務が強制執行されなくなります。世間は経済的に失敗した人の立ち直りを認めているのです。ただ研修では、税金はその破産の免責対象からは外れているぞと習ってはいます。
しかし、それは執行停止案件のはずです。無駄遣いでないので民事の免責が認められたわけですし、財産がないので破産したわけですから執行停止案件なのです。もし執行停止しないのならば、差し押さえなければならないと法に書いてありますから、放置したり様子を見ていたら矛盾してしまいます。3年以内に回復の見込みがなければ待つ必要もないので、即時欠損もできるということになります。

<判断は最善を尽くした結果>

財産がないとする判断には、でき得る調査を尽くさなければならないという思いが残りますが、だからこそ徴税吏員が全力で調べて見つからなければ、資力も財力もないのです。一方で、普通に生活できているようならばスポンサーなりがいるかもしれませんし、どこかに財産があるのかもしれません。生活基盤を再確認する必要があります。
判断は最善を尽くした結果なのです。もし不納欠損処理をした後に財産が見つかったらあなたの負けなのですから、しょうがないのです。質問の内容や検査の方法等は、財産の状況を明らかにするために「必要であると認められる範囲内」に限られると定めがあるので、つまり前提があるのでできることですから限界もあるわけです。もし、近隣の金融機関に調査票をばらまくとしても、その根拠は当然に必要だということです。都合の悪いことには目をつむって、都合の良いことは運用して逸脱するようなことがないよう願っています。

<滞納者を納税者に変える>

たとえ破産状態まではならなくても、払える余地がなくて、これまで完納することができなかったような人もいます。それが失職など止むを得ない理由ならば、1年以内に分納させるという条件は付きますが、そのようなやむを得ない理由のある滞納を一部欠損して、滞納者のレッテルをはがしてあげることも大事です。いつまでも分納を続けていても滞納がなくならなかったり、減っていかないのでは納税意欲が衰えてしまいます。それが完納をあきらめた慢性の滞納者を作り出すことになって、市町村にとってはたいへん危険な存在となるのです。

<財産がないのをどう見極めるか>

財産がないのを見極めるのは大変かもしれませんが、公売にしろ、競売にしろ、任売にしろ、アパート暮らしを始めたら財産なしの大きな見極めポイントです。特に男性は持ち家に対する執着心がとても強いので、家が心の支えになっているものです。
それでも、もしかしたら明日宝くじが当たるかもしれないだろうとか、きっと外国に金持ちの親戚が隠れていて、そのうち遺産が入ってくるかもしれないとか、タラレバの可能性を探りたい人もいるかもしれませんが、今あるのかないのか、増える見込みがあるのかを見極める方が現実的です。

<徴税吏員の調査の限界>

財産調査は掛け算なのですから、その範囲とか深度には限界があります。つまり、そもそも徴税吏員ならば調査を完璧にし尽して、そのうえでなければ執行停止の判断なんてできないと考えるほうに無理があるのです。滞納額と、それを徴収するために掛かる経費を見比べて、できる限りの調査をすることが現実的で、市町村の徴税吏員ができる限界とも言えるわけです。

<調査範囲と可能性>

たとえば、友人に貸したまま忘れている古いカメラがあったり、実家に置いてある子どものころ遊んだおもちゃなどがたとえ高価値だったとしても、大半の徴税吏員はそこまで調べ切れていません。実家に荷物を置いてある人は多いと思いますが、その捜索が日常的に行われていることは聞きませんし、一方で財産がないことの調査を目的とした捜索というのも聞きません。
調査などに係る費用は滞納処分費には計上できないので、すべて市町村の持ち出しなのです。どこかで見切らなければ、経費の垂れ流しになってしまいます。つまり、滞納者の財産のすべては調べ切れないのが現実で、完璧には差し押さえられないということです。このような現状なのに調べ切れないのはおかしい、と言うほうがおかしいのです。

<欠損理由を放棄している>

先ほど、不納欠損には3種類あって、5年時効のほかにも3年消滅や即時を理由とするものがあると確認しましたが、これらは地方税法の規定ですから、それぞれ1/3ずつ欠損理由が成立する可能性があるということです。この中で3年消滅が実行されるためには、5年時効より前に成立する必要があります。つまり、2年以内に執行停止をしなければ、不納欠損の理由の一つを市町村の都合で放棄してしまっているということになるわけです。
滞納整理に齟齬をきたしてしまう、とりあえずで5年頑張ることだったり、時効を止めて塩漬けにすることは法を蔑ろにしているとも言えますし、時間のムダ使いとも言えるわけです。2年以内の滞納整理は大変ですが、不納欠損の判断ができれば滞納が積みあがりませんから、整理もしやすくなるわけです。

<徴収だって2年が目安>

それから、欠損とか差押えよりも日常的な徴収の視点で見ても、一括で納められなければ分納ということになるわけですが、分納は猶予がベースにあるので分納期間は原則1年以内。延長してもそう、こちらも2年が限界なのです。つまり、取るにしても落とすにしても、2年が滞納整理の目安ということです。展望のない様子見は単なる怠慢ということになってしまいます。

<徴収吏員の意欲を削がない

徴税吏員は滞納となった税金を徴収するために仕事をしているわけですから、積極欠損などという意識はそもそもなくて、仕方がないものだけを欠損しているわけです。ただ滞納は、滞納整理するものと不納欠損するものの境が上の図のようにピッとラインが引かれているものではなくて、下の図のように差し押さえたままになっているものだったり、納税誓約して5年以上分納を続けているもの、また時効となっても欠損できずに取ってあるものだったり、訳あり案件も多いのです。この取りたくても取れないものの存在が徴税吏員の意欲を削いでしまっています。

<どうしても成績を上げたいならば>

徴収率と滞繰率は相関関係にある話はしましたが、つまり滞繰率を下げれば徴収率は上がるわけです。経営的に効果がある滞繰率の低い状態にするためには通常ならば長いスパンが必要ですが、どうしても短期間で滞繰率を下げて成果としたい、つまり手っ取り早く成果が出したいならば、現年も滞繰も併せて税収を上げる努力はもとより、即時の不納欠損をする勇気と覚悟があるかどうかということがポイントになります。徴収率計算式の分子を増やす徴税力の強化と、分母を減らす即時欠損というカンフル剤を打てば変身ができるわけです。
しかし、即時欠損というカンフル剤は究極のダイエットでもありますから、この方法で滞繰率を大きく下げると反面、高い徴収率を確保し続けなければ滞繰率はリバウンドしてしまうので、徴収構造を改革して滞納処分にしっかり取り組まなければならないというノルマも課されてしまいます。つまり、カンフル剤を使うということは徴税力も一気に格上げさせるのと同じことなのです。言い換えれば、勇気と覚悟さえ決めれば徴収率はいつでも上げられるわけですが、カンフル剤だけを使うと単に住民の財産を捨てたことになるので、変身も解けてしまいます。
ですから策を講じるならば、不良案件に絞って即時欠損して健全体質に変えることです。理由のある不納欠損をやりたがらないので滞納として残っていますが、法にもそのように書いてあります。即時欠損の対象を不良案件に絞れば、滞繰の調定額はもちろん減る一方で、塩漬けなのですから収入額は減らないのです。そうすると徴収率は上がりますし、さらには徴税努力に見合う交付税が配当されたり、カットされていた補助金も戻ってきて、市町村の税外収入も増えるのです。
一方で、徴収率が低いままではペナルティが課されたり、財政運営に余裕があるとみなされてしまうことになります。身軽になれば個別に対応する時間も増えて滞納整理もやりやすくなるので、徴収率はさらに上がるという好循環を生むことにつながります。

<現年主義という策謀の果て>

一方で、現年分の集めやすさと滞繰の仕組みに目を付けて、あえて現年分の徴収に集中して未収額を最大限削減できれば、滞繰分はそのうち5年時効で毎年度消滅していくので、楽に良い結果が出せるはずと考える人も中にはいることでしょう。この策の課題は滞納繰越額が膨らんでしまうので、覚悟していたことではありますが、反作用として時効になる不納欠損額も積み上がってしまうことです。
理事者や議員の関心は、徴収率はもとよりですが、時効によって本来は自分たちが考えた政策に自由に使えるはずの税金を捨てなければならない不納欠損額の動向で、高止まりとなれば徴税吏員に対するいら立ちと、非常に強い不満を抱えてしまいます。これが先の徴税吏員への賠償責任の議論にもつながっているのです。

<不納欠損理由の実績は均等>

直近6年度分の値(億円)から理由別の不納欠損の割合を求めてみると、ほぼ1/3ずつに分割されていて、バランスのとれた結果になっています。
「え゛?…」。ここまで繰り返して不納欠損の取組みとして時効欠損を減らしましょう、理由のある欠損に臆せず対応しましょうとお話ししてきたことに、ご意見はごもっともだけどなかなかねと思っていた多くの市町村では、欠損割合はもっといびつな割合になっていて、欠損理由が均等に1/3ずつになっている現実に、「どうして?」と意外に思うような人が大半なのかもしれません。この現実を突きつけられて半信半疑の人も、滞納繰越額を多い順に並び変えてみると答えが見えてきて、上位2割の市町村が全体の7割を占めていることが原因だとわかります。滞納繰越額が多いということは人口も多いということですから、大きな市町村が抱える滞納額が理由別不納欠損額のグラフの土台を作っていることになります。
つまり、滞納額上位2割の大きな市町村では、先ほどのような2年以内の滞納整理が行われていて、バランスの取れた執行停止がなされているということです。ですから、自身の市町村の円グラフがいびつならば、まずは大きな市町村に倣ってバランスが取れた執行停止を目指すべきで、バランスが取れている大きな市町村では、時効欠損を減らす努力をさらに推進するべきということになります。