市町村税の滞納整理とファイナンシャルプランナー
office綺(さあや)代表 篠原正人
政府統計全国市町村徴収実績によると、直近データの令和3年度分として課税された市町村税の平均徴収率は99.4%であるのに対して、滞納繰越分(令和2年度以前に課税されたものの未徴収で時効にはなっていない分)の平均徴収率は41.9%でした。滞納繰越分の徴収額には公売をしたり換価をして強制徴収した額も含まれますが、大半は事情があって納税が難しくなり、分納が認められて納税に至ったものです。当然ですが、さらに残っている滞納繰越分は徴収困難案件である上に悪質案件も含まれますから、幅広い知識と踏み込んだ経験をもとにしたさらなる強い対応が求められます。
市町村税の滞納整理事務は国税と同様に処理するよう法に定められていますので、滞納になったら差し押さえて徴収するのが原理原則です。つまり、本人の同意がなくても滞納額に見合う財産を強制的に徴収するわけですから、国税ではそれらの事務を税務大学校で基礎からしっかり習得し、さらに現場でのOJTによってさらに訓練された徴税吏員が担当しています。一方で市町村では、定期異動で徴税担当課へ配属された職員の中から、徴税吏員に委任された職員がこの滞納整理事務を受け持っています。
国税と異なるのは、強制徴収という強い公権力を行使するのに、市町村では実務を通した現場でのOJTによる学習が主体の徴税吏員が担当しているということです。中には専門研修に派遣される徴税吏員もいますが、規模の異なる組織の中でのOJT主体の教育が主流では、処理能力に偏りが生じてしまいやすく、市町村ごとに徴税力に差が出てしまう弊害があります。そこで近年は、東京都が先導して都道府県への職員派遣や都道府県からの実務研修など、市町村単位での徴税力強化や平準化に取り組んでいますが、大小混在する市町村を相手にするには、効果的な徴収教育や実践が優先される初級編の充足の域に留まらざるを得ず、中級編、上級編の知識やそれに伴う経験の習得には相応の仕組みや時間、なにより職員の努力が必須になっています。
財産の知識は持っていて当然?
しかし強い公権力を駆使できたとしても、実際は法を順守するだけで滞繰徴収率を100%にすることは困難です。そのため、平均徴収率が50%にも届かないのです。抜け落ちているのは財産の知識です。日本では昔からお金の話をすると、「いけ好かない」とか「やらしい話」とか言われて好まれない風習がありましたから、不得手な人が多いのは徴税吏員でも同様です。差し押さえる財産を調べるにしても、そもそも納付能力があるかどうかを調べるにしても、財産の種類や価値が理解できていなければ節穴になってしまいます。
また、分納を認めるにしても、その判断は各種調査資料に基づいて現状での納付能力、また今後の見込みを見極め、その上で分納額は生活を維持できる金額で、最短に完納できる月額としなければなりません。分納を適切な期間で完遂させるためには、財産の状態や経緯などを見極める力が必要なのです。さりとて、徴税吏員が担当する滞納整理案件は山のようにあって、覚えることもたくさんある中で、それなりの財産の知識も必要となると、意識が散漫して容易な運用に流れて行ってしまう危険性もでてきます。
では、市町村はどうしたら納税者に胸を張って、業務を進められるのでしょうか。それは、自分たちでなんとかならないならば、信頼できる人たちに頼むというのが手っ取り早いわけです。なかなか民間が踏み込みにくい徴税部門に対しても総務省自治税務局が、「地方税収関連業務について」(平成18年9月13日)という文書の中で、地方税の徴収に関する民間開放への見解を示しています。徴税吏員に足りない人手や知識は、今は補佐してもらうことで解決できる時代なのです。
徴税吏員は、滞納整理に絡むもろもろの仕事を受け持っていますが、それらの仕事の中で徴税吏員でなければできない仕事というのは、実は全体の1/4から1/5の事務に過ぎません。時間と手間が足りないのならば、徴税吏員が関わらなくてもよい仕事を仕分けると効率的です。まぁ、人手が足りている市町村などないわけですから、まずは非常勤職員でもできる仕事はそちらに任せて、徴税吏員は徴税吏員の仕事をするようにすれば効率も上がります。
また、滞納処分において財産がなければ法は執行停止・不納欠損ですが、財産が作れれば滞納は整理できることになります。そうなると、ここはFPの出番です。FPはお金の知識や相談の経験が豊富で、コンプライアンスも厳格な職業だからです。すでにFPに納付相談を依頼している市町村もあるくらいですから、さらに滞納処分のサポートまで踏み込んで絡めれば、新しい扉が開くはずです。
もちろん、徴税吏員の中にはすでに感じ取っていて、FPの資格を持っている人もいることでしょう。しかし、興味を持ってアンテナを張っていなければ、その知識は薄れていってしまうものですし、資格を持っているだけでは経験を積むこともできません。また、FPが適切な助言をしたとしても、滞納者が実行できないという闇というのもあります。民間の事例では、FPが保険やローンの見直しをアドバイスしても、滞納者が交渉する相手はプロですから都合が悪くならないように説得されてしまって、助言通りに改善できない現実というのもあるようです。滞納が解消されなければ滞納者も市町村も困ったままですから、何も変わらないということになってしまいます。
この問題を回避するためには改善策を提案したFPが滞納者に同行して、その見直し案が実現できるようにフォローしてあげれば良いわけです。徴税吏員がFPの資格を持っていたとしても、さすがにそこまでやるわけにはいかないでしょうが、プロのFPならばできます。互いにメリットがありますから、市町村とこのような契約が結べれば、FPが滞納整理に関わる方向性が見えてきます。
課題は市町村が、契約するFPに実行の援助まで任せられるのかということです。FPが市町村の滞納整理補助に加えて、滞納者のフォローもできるという2足のワラジを履くことを、市町村として容認できるのかということです。しかし市町村としては、実務経験のあるFPを金絡みの知恵袋として活用できる利点があります。収入を増やす、支出や借金を減らすなどのお金に関するノウハウは、法で対応できない滞納者に有効に働きます。苦手なこと、不安なことが解消できれば、徴税吏員として充分な仕事ができるようにもなるのです。徴税吏員には徴税吏員にしかできない仕事があります、徴税吏員がやらなければならない仕事があるのです。
一方で、そのフォローにも課題があります。フォローは徴税吏員にとっては有用な方法であっても、FPには実益がないことです。FPが滞納者をフォローしても滞納者ですから、その仕事に対して見返りは期待できません。保険を見直したりローンを組み替えても、収入が増えるわけではないのです。過払い金の回収のように、取り戻した現金の中から手数料を引き抜くわけではないからです。そこで、ここは生活困窮者支援法などに絡めて、市町村の福祉施策としてカバーしてもらわなければなりません。フォローに対する対価は、2足のワラジを延長した市町村からの委託事業として弱者保護を図るという建付けの中で実施すると、丸く収まります。
対立関係を循環構造に変える
滞納整理といえば、徴税吏員と滞納者はどうしても対立関係に置かれるわけですが、市町村にとって滞納者の多くは住民ですから、やりにくいというのが正直なところです。そこで、徴税吏員と滞納者の間にFPを絡めれば、これを循環構造に変えられるのです。つまり、滞納者はFPに相談することでお金の問題が片付けられますし、徴税吏員は滞納が解消できますし、FPは市町村から委託料が得られるという、三方良しが実現できることになるからです。
徴税吏員は滞納者を追い詰めて取りたてるか、それでも払わなければ財産を差し押さえるか、時効になったりして取れなくなってしまうかの3択ですが、FPならばいろいろな方法や仕組みを使ってお金を生み出したり、収入を増やしたりもできます。徴税吏員から見れば、FPは錬金術師のような存在なのです。
滞納整理に当たって徴税吏員は、滞納額に見合う所定の財産を探し出して差し押さえるわけですから、財産を持たない滞納者には非力です。一方で、生活が不安な相談者に対してFPは、相談者の家計を見直して最適なライフプランを提示し、収支や財産を把握して節約などによって支出を抑えたり、収入を増やすことで未来の生活を見せて、今を改善します。互いに視点が異なりますから、滞納整理にFPが絡めば、法が届かない滞納でも片付けられる扉が開けるはずなのです。
すでに、FPによる納付相談を開催している市町村はありますが、徴税吏員が同席していなければ家計改善の話はできても、公権力に絡む分納の話まではできません。つまり、FPの立ち位置としては徴税吏員のアドバイザーとなります。そもそも納税相談は、滞納者に対して徴税吏員が質問する機会ですから、滞納者も代理を頼める人は事情を知っている配偶者くらいです。つまり、反対に滞納者から相談を受けて付き添ってきたFPがいたとしても、滞納者に助言をすることはできたとしても徴税吏員と直接交渉はできないのです。徴税吏員にしてみれば個人の秘密に関すること、財産に関することを他人に質問できませんし、困ってしまうからです。
ただ、納税相談に同席する徴税吏員側のFPからは、建前はアドバイザーでも対面すれば自分の土俵に乗せたも同然でしょう。「金がない」に徴税吏員ならば「分納ならできますか」となりますが、FPならば結果は同じでもその間にドラマが作れるはずだからです。滞納者側にも付けますが、行政が相手では労多くして見返りも期待できません。経験を積んだFPならば、家計に係る相談者の困りごとを俯瞰することで解決に向けた道筋を見つけ出し、そこに徴税吏員が税の滞納整理を被せれば、現実的な滞納解消が図れるはずなのです。さらに、滞納を繰り返させない生活にも導くことができる、人助けなのです。
滞納整理の元になる財産調査でも、FPならば仕組みを捉えて無駄のない調査ができるはずですから、極論ですがFPが調べて見つけられない財産を、徴税吏員が見つけられるはずがないのです。つまり、FPが財産なしと判断すれば、納められない滞納者を適切に救うことができて、また納めない悪質滞納者の隠された財産を特定できれば、滞納を早く解消することもできるはずなのです。生活困窮の恐れの判断とか、猶予の分納を認める額のエビデンスにもできることでしょう。FPが錬金術師になって、滞納整理の未来を変えるかもしれない岐路、FPから見ればチャンスを掴む分かれ道に今、立っているのです。
市町村にFPの価値を認めさせ、常駐化を実現するためには「納付相談の先生」という位置から踏み出し、非常勤職員のマンパワーや、徴税吏員が苦手とするお金に関する事務をカバーする、広範な対応力を見せつける必要があります。またFPの中には警察OBがいたり、外国語が話せたり、格闘技をやっているような人たちもいるかもしれませんが、そのような付加価値もアピールポイントになることがありますから、積極的に売り込んでいきましょう。
FPを充てる
徴税吏員は、滞納整理に関する知識を学んだり、現場に出て経験を積むことに忙殺される一方で、3年から5年でまたほかの部署に異動して行ってしまうので、お金の知識が乏しければ改善も遅々のまま、年月だけが過ぎ去っていってしまいます。また、税には5年の時効がありますから、何もしなければ逃げ得を許してもしまうのです。FPは、導入を決めた市町村には救世主になるはずなのですが、残念ながらFPの有用性に気付き、予算化を画策している市町村はまだ少ないのが現状です。互いがすれ違う恋愛小説のようです。
この原稿を書こうと思ったのは、日本FP協会のホームページを眺めていて、FP業務で売り上げのある経営者・従業員の方が全体の4.3%にしかいないことがわかったからです(実務データ各種調査⇒FPに関する調査⇒2021年度FP実態調査)。滞納整理はFPにとってなじみが薄いために、異質と感じて興味を持っていない人も多いかもしれませんが、安定収入にもつなげられるとわかれば、手を貸してくれるFPの方もおられるのではと強く感じた次第です。
市町村に対しては、私も拙著(滞繰をなくす魔法が使えないなら・オフィス綺刊)の中でFPの活用について提案し、導入を促してきましたが、FPのほうから売り込みに動けば、全国には1,740を超える市町村があるのですから、自立できるFPも増えていくはずです。
小さな市町村ならば1人のFPが加入しただけで、きっと革命ともいえる成果が期待できます。さらにチームで常駐できれば、FPそれぞれの得意分野ごとの改善はもとより、視点を変えた提案もできることになります。しかし、この提案も市町村が需要として捉えてくれなければ供給にはつながりません。FPの方の1歩踏み出す行動力が、将来を明るく照らすことになるのです。
冒頭、令和3年度の滞納繰越分の平均徴収率は41.9%と紹介しましたが、平均値ですから0%もあれば100%もあります。つまり、徴税力が乏しくて0%の村もあれば、納税貯蓄組合などに支えられて100%の村もあるわけです。ちなみに中央値は32.9%、政令指定都市の平均は58.6%でした。数字がいろいろ出てくると戸惑うかもしれませんが、これらの数字からわかることは、成績の良い市町村が平均値を引き上げ、一方で7割の市町村では全国の平均値でさえ達成できていないという現実があるということです。徴収率は市町村の歳入に直接響くだけではなく、地方交付税などの算定根拠にも含まれていますから、お役所仕事をしていては住民に損失を与えてしまいます。仕方がないでは済まされないのです。
公務員は前例主義でパイオニアを嫌いますが、数字で評価される徴税吏員はパイオニアの気質がなければ徴収率競争に勝てませんから、FPが常駐して徴収率が伸びた市町村を見つければすぐに視察が相次いで、全国展開に広がることになります。徴税吏員は前例主義一辺倒に見えて、効果的な徴税策を虎視眈々と探ってはいるのです。FPの中には消費者相談などで市町村とすでにつながりのある人もいることでしょうから、このような話を出せば後はその職員がつないでくれます。皆さんの一押しが三方良しを実現させるのです。
※この原稿は日本FP協会に寄稿しましたがボツになったものです。FPの知識を滞納整理に役立てることは時期尚早なのでしょうか。